僕が歩いたホースボール記

ホースボールについて。ホースボールのおかげで気付けた事について。

6 健康第一。 そして初めての・・・

f:id:horseball:20190731191828j:plain


みなさん、お久しぶりです!

今年に入って、
「いつホースボールレッスンが再開されますか?」
というお問い合わせを定期的に頂いており、

その都度、
「申し訳ありません。少々お待ちください」
という状況でした。

今の一番のポイントは健康と、お金でした。

そうです。

大事な大事な、お金と健康です。

そして、加えて大事なポイントがあります。

そうです。

大事な大事な、場所と、主役の馬。

僕自身はホースボールしたい。というこの気持ちはずっとあるので、


人「ホースボールめっちゃしてえ」
×(かける)
お金
×
健康
×
場所
×

=
ホースボールが出来る


という感じになります。


今年に入りまして、お金を沢山得ようと、
劇的に沢山働いたところ、
なんと健康を損ねました✋


馬で大きなケガをしたことはありませんでしたが、
まさかの
お金を得る段階でまあまあ大きなケガをしてしまいました。


今やっと治りかけているところです!


そのケガをしているおかげのお休みを使って
ホースボールをしたい人や、ホースボールレッスンがやり易い環境を求めて、
千葉県をウロウロとしていました。

そんな中で、
縁づたいにたどり着いた乗馬クラブがありまして、
そこのオーナーさん御夫婦が興味を持ってくださり、

つい先日、
新規でホースボールに興味を持っていただいた方を交えて、
その場所でホースボール講習会をさせていただきました!

ものすごくありがたい事でした。


こんなに飲んで大丈夫かなと痛みドメの薬を飲み、
痛くなくなったところで、
ホースボールの講習会をしました。

改めて健康は基礎的なものだなと思いました。
早く完治させたいものです。


そして、
今回の講習会のすごいところは、
馬のホースボールの調教は、
なんと開催地のオーナーさんがされたというところです!


「元々、ボールを気にしない性格だったし良かった。」
と、謙遜されていましたが、

日本で、僕以外が調教したサラブレッドで、
ホースボールの講習会を行ったのが初めてだったので、
かなり感動しました!


また今後も
その場所でホースボールレッスンや、
ホースボールに必要な『 両手を離しても乗れる騎座づくり講座 』も、
開催していきたいなと思っています。


※写真はその場所とオーナーさんです!


以上、

健康は大切で、
そして初めて自分以外が調教したサラブレッドで
ホースボールの講習会を行い、感動しました。

という内容でした。

ではまたー!

5 ホースボール

 

僕はホースボールに本当に感謝している。

 

人生にホースボールが出てきてくれたおかげで、

本当に幸せな時間が増えたし、映画とかドラマみたいな光景に本当にたくさん出逢えた。

 

まあ色々とあったけど、全て最後には感動に変わったし、

これからもまたそんな素晴らしい瞬間や感情に出会えるチャンスが沢山、未来に待っている気しかしない。

 

そして、

今年で乗馬を始めてから9年目の年を迎えて思うのは、

ホースボールは日本人でも楽しめるし、

やらないだけで、ちゃんと段階を踏めば、

やりたい人は、

普通に楽しめるスポーツだということ。

 

日本ホースボール協会の動画みたいなスピードは、

正直、かなり慣れないと楽しめないけれど、

それより1段階遅いスピードでも本当に楽しいし、

 

まずはその日本でもよく見る乗馬のスピードで練習して、それが出来るだけでもめちゃくちゃ楽しいと笑顔に成れると思う。

 

僕自身がホースボールを試合でプレー出来るための、

基礎練習を教わっているときは、

めちゃくちゃワクワクしていたし、

常にめちゃくちゃ楽しいと感じていた。

 

そして、練習試合をしたとき、

レフェリーをしていた少年から、

「 いつも笑顔で一番楽しそうにプレーしてるね 」と笑いながら言われた光景が思い出せる。

 

おそらく、

これからホースボールを始める人などももれなく、

僕と同じようにすごく楽しくて

笑顔に成らざるおえない瞬間、時間に出会うと思う。

 

もし、笑顔になれない場合は、

馬のコントロールに手をやいている時か、

シリアスな試合の場面のどちらかだろう。

 

それならば、

また日常で練習をして、

笑顔でホースボールをする喜びを自然と表せるまで、

技術を高めたいと自然と思えるはず。

 

ホースボールは、

喜びと、

もっと上手に馬をコントロール出来るようになりたいという向上心、

その2つの感情が自然と沸き上がる、馬と一緒に出来るスポーツ。

 

どんなスポーツにも喜びや、向上心が湧くかもしれないけれど、

馬に乗りながら球技が出来るのは、

本当にめっちゃ楽しい。

 

人に感動するし、馬に感動する。

人馬一体に成ってプレーしている時の喜びは、

好きな人に告白して成功した瞬間の様な、ああいう素晴らしい気持ちと変わらない。

 

ヨーロッパでは既にホースボールがプレーしやすい環境が出来ている。

日本だと今はまだそれが難しいだけで、

出来ないなんてことはない。

 

中央アジアキルギス

ホースボールが楽しまれている動画がフェイスブックで拡散されたとき、

世界中のホースボールプレーヤーや、関係者がとても喜んでいた。

その喜び様は本当にあたたかいものだったし、

日本でホースボールがもっと普及したときには、

同じ様に世界中のホースボールに携わる人たちが本当に喜んでくれると思う。

 

その世界中から喜んでもらえるチャンスを、

今の日本は持っている。

 

僕らは世界中を湧かせるチャンスを今持っている。

それに必要なのはフランスやポルトガルの様な、

トップレベルの技術ではない。

 

今の日本が世界中を湧かせることが出来るのは、

 

粗削りの、

ホースボールを純粋に楽しむ姿。

 

それさえ成し得れば、

世界中の人たちを湧かせられる。

 

まあそれが当たり前の環境を作るのが日本だとなかなか大変なのですが。

 

千里の道も一歩から。

環境づくりがんばります。

 


日曜日のホースボールの練習試合 - YouTube

 

4 馬アレルギー

 

馬アレルギー。

 

これになっても、

乗馬は出来る。

 

そして、上手くいけば治るというのを、

伝えたくて、ここに書き記します。

 

乗馬クラブで働いていると、

時々、馬アレルギーの方と出会う。

 

対策は、

お手入れを全くしないという方法や、

薬を飲んで抑えるという方法がある。

 

そして、

僕の場合はアレルギーが出なくなるまでにしたことは、

① アレルギー反応が出ないように体にお願いする 

↑これは言うとバカにされる(笑)

けど、これも大事だったと思いたい(笑)

② 体に馬アレルギーが出なくなるまで毎日馬に触れる 

③絶対に掻かない。掻きたいときは水で流すか、水を手につけてからパチパチ軽く叩く。

の3つだった。

 

関西に戻ってから、

ハーモニーファーム淡路さんに

研修生として入り、

 

厩舎の横の寮で寝起きし、

毎日馬に触れる。

 

これを毎日繰り返していると、

3ヶ月後には、全くアレルギーが出なくなった。

 

これは大学生の時に読んだ本で、

遺伝子を研究されている村上和雄先生の

『 生命の暗号 』を読んでいて、

 

人間の体は変わる。

 

というのを知っていたからチャレンジ出来た事だった。

本を読んでいなかったら、

アレルギーとわかった時点で泣く泣く諦めていたかもしれない。

 

そして、更に幸いだったのは、

アレルギーが呼吸器系に出なかった事だ。

 

呼吸器系に出ていれば、

続けれなかったかもしれない。

 

そして、皆さんが

「ん?」と思われるであろう方法の、

『 体にお願いする 』というのは、

夜寝る前と、朝起きてから、

「 馬アレルギー出てくるなよ。 」と、

ものすごく強い気持ちで自分の体にお願いするという方法で、

これは傍目にはかなりバカらしいが、

当時は、四六時中かゆすぎて辛すぎたので

一刻も早く治したいとの願いから、

しっかり、やり続けた。

 

「 これは治ったのに関係ないやろ 」と考える人がいると思うが、

僕は今でも治るために大事な要素の一つだったと心底、信じている。

 

そして、

願うだけでは村上先生の本の内容的には足りないので、

ちゃんとアレルギーの原因である、

『 馬の毛 』には触れ続け、かかずに、気がつけば毛を水で流すを続けた。

 

乗馬クラブでの研修生の毎日は、

めちゃくちゃ楽しくて、

めちゃくちゃかゆかった。

 

天国と地獄が同時に訪れている不思議な感覚の毎日だった。

 

そうこうしてる間に、

2ヶ月目から、ちょっとマシに成り、

3ヶ月が経つ頃には、

本当にある日、ピタッとアレルギーが止んだ。

 

止まってから、

1日、2日は、

 

ホンマかな。

 

ほんまに止まってくれたんかな。

 

と、半信半疑だったけど、

3日目にはどれだけ馬の毛が皮膚に付いていても、

全くかゆくならず、

 

同時に、ものすごい達成感と喜びが湧いてきた。

 

これで、

めっちゃ寝れる。

 

と心底嬉しかった。

 

馬アレルギーは、

今ではよっぽどの体調不良の時のみ出るだけで、

その他の時は一切出ない。

 

長々と書いたけど、

馬アレルギーで、乗馬を諦める人もいるので、

もし、乗馬をがんばりたいという方には、

上手くご自身の体と付き合って、

楽しい乗馬ライフを送ってほしいです!

 

以上、

馬アレルギーを治した方法でした!

 

3 馬に触れる

 

一宮乗馬センターでの中学生以来の乗馬は、

「 ホースボールしたい! 」と思っている自分からすると、

大げさに言って、

自分史に大きく残る時間だなと思っていた。

 

ほぼ最初なので、

馬に調馬策(ちょうばさく)というロープを付けてインストラクターさんを中心にグルグル周りを走るという練習をした。

 

馬のコントロールはインストラクターさん。

あとは走る馬に乗って行くだけ。

 

 

 

たったそれだけのことだけど、

初心者にはこれが恐ろしく難しい。

 

結局、軽速歩という馬の乗り方すら、全く出来なかった。

 

「  あ。ホンマにゼロからスタートや  」

そんな衝撃を受けつつ、

 

「 では、乗った馬のお手入れをしましょう 」という事で、

中学生の時の記憶なんてないので、

1からやり方を教えていただきながら、

馬のお手入れ( 馬体を清潔にする )を始めた。

 

そうして、

馬体をキレイにする中で、

僕の体に変わった変化が現れ始めた。

 

両手の手首に丸い2、3ミリのブツブツがたくさん現れ、

「 ん? 」と思っているうちに、

「 なんかこれ、かゆいな 」と感じ、

掻いてみると、

その瞬間から全身がかゆくなり、

 

「 え?! めっちゃかゆい  」へと変化し、

着ていた服をめくっておなかを見てみると、

蚊に刺された後のような湿疹が全身に

たくさん出来ていた。

 

馬の手入れを教えてくれていたスタッフの堅田さんも絶句するくらいに、

ボコボコになった肌。

そこに鈴木さんがやってきて、

「 馬アレルギーだね 」と言いながら「 それ以上は掻いちゃダメだよ 」と

言い、

堅田さんは「 馬の毛が体についたら、掻かずに水で洗うといいよ 」と教えてくださった。

 

さっき、

「 ゼロからスタートやん 」と思ったところから

「 マイナススタートやん 」と思い直し、

 

めっちゃかゆい全身を、

一切掻かないという今までに体験したことがない、

そんなことになると全く思っていなかった訓練をすることになった。

 

そういえば、

中学生の時は、乗り終わった馬の足を洗ったら、そのあとまた他の人が乗るので、

馬の毛がたくさん舞う様な、お手入れを一切したことが無かった上に、

秋から冬にかけての半年だったので、あまり毛が抜けにくい時期に馬に触れていたので、

まさか自分が馬アレルギーだとは、ずっと気がつかなかったのだった。

 

「 ホースボールどうしてもやりたい 」と思い仕事をやめて、

このあとは関西の乗馬クラブで働こうと思っていた矢先、

研修の初日から、

まさかの全身がかぶれて眠れない日々が始まった。

 

慣れない厩舎作業と、

全然出来る気がしない軽速歩の練習。

1日が終わりめっちゃ疲れてても、かゆ過ぎて眠れず、

かゆさに疲れて寝落ちするのが大体3時で

そして朝6時に起床し、

また乗馬センターに出かける。

その繰り返し。

 

そんな風になんとか5泊6日を終えて、

馬に全く触れなかった帰り道は、

かゆさが全くなく、

清々しい気持ちで、

千葉県の一宮をあとにした。

 

強烈なスタートだったので、

今でも、

当時のスタッフさんや、

細かいところまでハッキリと思い出に残っている。

 

とにかく、

この研修での最大の収穫は

僕は『 馬アレルギー 』だという事。

 

それを早く治さないと、

ホースボールするのが大変だという事。

 

 

 

2 ホースボールをしたいに変わって

 

「 ホースボールしたい 」

気持ちがそれに変わってから、

 

まずは乗馬ライフに載っていた問い合わせ先の元女性ジョッキー

鈴木久美子さんに電話をした。

 

3月の晴れた日で、

たまたま隣にいたマスという友達に、

「 おれ今から電話するけど、断られたらめっちゃ笑ろてな 」と言って

心に保険をかけ、

電話を始めた。

 

鈴木さんが電話に出た。

「 初めまして、西島といいます。僕、ホースボールしたいんです。

 中学生の時に週一で半年乗ったことはありますが、今は乗れるか分かりません。 」

その時の電話は、

その自分の言葉しか覚えていない。

 

ただ、そこで決まったのは、

一度、

千葉の乗馬クラブに行って研修をすることだった。

 

そのあと当時勤めていたホテルで5月一杯まで仕事をし、退職した。

 

ちなみに、その2ヶ月間、友達や新しく会う人、色んな人に仕事を辞める理由を言ったら、

もれなく反対や否定の言葉をもらい一生分くらいのそういった言葉を聞けた。

 

みんなの気持ちも分かるから嫌いになることはなかったし、

ホテルで働いたおかげで精神的になかなか強くなっていたから凹まなかった。

本当にホテルで働いていてよかったと心底その当時は感じた。

 

そして、更に僕には心を支える強力な味方が2つあった。

ひとつは、司馬遼太郎さんの『 坂の上の雲

もうひとつはブルーハーツさんの名曲『 夢 』

 

日本語の分かる男子なら

この2つさえあれば、何か始めようとする時には、

無限の勇気をくれる誰にでも装備できる武器だと、今でもハッキリと思う。

 

6月になり26歳の誕生日を迎えてすぐに、

ようやく千葉の乗馬クラブに行くことが出来た。

鈴木さんのお知り合いの一宮乗馬センターに5泊6日の研修でお世話になった。

 

海が近くて、爽やかな気持ちになれる雰囲気の場所に、

一宮乗馬センターはあった。

 

鈴木さんは元ジョッキーらしく小柄で華奢な方だった。

ジョッキーを辞めたあと、フランスのソミュール乗馬学校に入校され、その時にホースボールを知ったらしい。

後で観たビデオの中で鈴木さんがフランス人のホースボールプレーヤーと喋ってる映像があって、フランス語がペラペラだと知った。

鈴木さん自体はホースボールをせず、日本に紹介するというのをされていた。

まずはホースボールの大まかなルールや歴史を教えてもらい、

フランス人やポルトガル人がプレーするビデオを資料として観た。

そのビデオ自体は古くて、1990年くらいのものだったけど、

僕にとっては初めて見つけた宝物みたいに新鮮でものすごく楽しく観れた。

 

そうして、

今日本で手に入れられるホースボールの情報を全て手に入れた気分で、

実技に入って行った。

 

まずはホースボールでは無いけれど、

馬の世話の基本、

馬房掃除のやり方。

そしていろんな細々とした厩舎作業のあれこれ。

中学の時に辞めた理由がこれだった。

中学当時は体力がなさすぎたせいで辛すぎたけど、

前職のホテルが良い意味でハードだったので、

体力も精神力も鍛えられ、

 

更に26歳の僕は

「 牧場ライフやん 」「 めっちゃかっこいいやん 」と一人でウキウキしていたので、全く辛いものではなくなっていた。

 

そして、馬を扱う実技に入って、

僕は、本当に、まさか、、、という衝撃的な

自分に降りかかる事に出会うことになった。

 

 

 

 

・・・つづく。